City MUNAKATA Digital Archives
          
    サイトマップ  お問い合わせ
 
トップページ 新着情報
     
  13/06/27   開館1周年記念講演「色定法師の偉業と日宋貿易」が開かれました。

海の道むなかた館開館1周年記念講演会
「色定法師の偉業と日宋貿易」

 海の道むなかた館開館1周年記念講演会が、4月27日、館の講義室で開かれました。
世界遺産登録を目指す宗像市。その構成資産となる宗像大社の社僧・色定法師がテーマです。
 講師は、海の道むなかた館の館長・西谷 正先生です。
会場は、講師の話に熱心に耳を傾ける多くの方々で満員でした。

講師は、海の道むなかた館の館長・西谷 正先生

 I .はじめに

 宗像の偉人を知るということで、古代の胸形の君・徳善から中世の宗像氏貞、近代の出光佐三氏などが挙げられ、天正14年(1586)42歳で氏貞が亡くなったが、その428年前の保元三年 (1158)に色定法師は、宗像大社の社僧・兼祐の子として生まれた。この年、平清盛は大宰大弐になっている。平安時代末期に生まれ、鎌倉時代に活躍した人物である。
 宗像市史も発刊して10年が立ち、個人的には人物史編が今後編纂されることであろうと思う。

色定法師の時代年表
1127 (大治二年) 南宋の始まり
1156 (保元元年) 保元の乱おこる
1158 (保元三年) 宗像大社の社僧兼祐の子として生まれる
1159 (平治元年) 平治の乱おこる
1166 (仁安元年) 平頼盛、太宰大弐に任命される
1185 (文治元年) 壇ノ浦の戦い
1187 (文治三年) 二十九歳のとき「一切経」の写経をはじめる
1192 (建久三年) 源頼朝、征夷大将軍になる
1195 (建久六年) 宗像大社所蔵の阿弥陀経石が南宋で製作される
1201 (建仁二年) 藤原支房が石造狛犬を宗像大社に施入する
1220 (承久二年) 宗像大社所蔵の阿弥陀経石に大宮司氏忠の妻張氏らが追刻をおこなう
1221 (承久三年) 承久の乱おこる
1228 (嘉禄三年) 写経を完了する
1242 (仁治三年) 八十四歳で入滅する

 II .偉業を成し遂げた色定法師

経典5048巻を1人で書写をした人物である。その内4330巻が宗像大社で保管されていて国の重 要文化財となっている。

色定法師の生涯

(1) 一切経の写経
 『宗像軍記』にある色定法師については、別名・安覚 また栄西の弟とか、入宋などが記載されているが証拠はない。1158年 平安時代末期に生まれて、鎌倉時代に活躍し、1192年84歳で亡くなった。
 色定法師木造の背に刻印がある。偉業は1人で経典を書写したことで、文治三年(1187)宗像大社の宗像西経所にて始める。昼夜をわかず書写し、携帯用の道具も持ち歩いたであろう。
 中国では玄宗の時代、開元18年(730)5048巻が収録されている。遣唐使により日本へ経典がもたらされた。
 国で進められ、写経により、功徳を積む。平城京には写経所があり、写経師がいた。大宰府にも警護所18の所・司があり、都の国家組織の中に写経所があり、写経師・写経司・間違いを直す校正司などがいた。
 色定の書写したものは、伊勢神宮・松尾神社などにも奉納されたが現存していない。韓国には木版本の大蔵経8万点があり世界遺産に登録されている。
(2) 写経を支えた南宋綱首(こうしゅ)
 写経の原本については記録が残っている。
『色定法師一筆一切經大般若経』奥書には「唐本」を持って書写するとある。唐とはから・てんじくのからで、中国を指す。

 III .東アジアを舞台とした日宋貿易

日宋貿易
兵庫県立考古博物館開館5周年記念(2012) 『特別展 清盛と日宋貿易』図録より
宋代の主要窯跡と日宋・日麗交易路
日宋貿易
兵庫県立考古博物館開館5周年記念(2012) 『特別展 清盛と日宋貿易』図録より
宋船模型
(1)博多津唐房と綱首
 東アジアを舞台に展開した日宋貿易については、博多津で唐房すなわちチャイナタウンを形成している綱首、つまり宋人貿易商人たちであった。彼らの姓には、王、張、謝、丁、鄭などがあった。
博多遺跡出土木簡
兵庫県立考古博物館開館5周年記念(2012) 『特別展 清盛と日宋貿易』図録より
博多遺跡出土木簡
「綱首」を示す墨書陶磁器「綱」は組ごとに仕分けられた荷物、あるいは所有者の帰属を示す識別。
(2)出土遺物から見た日宋貿易
 日宋貿易における主要な輸入品は、陶磁器、銅銭、香料、薬品などであったが、当時の国際貿易都市・博多の遺跡群からは大量の陶磁器類が出土する。
博多遺跡群出土品の数々
兵庫県立考古博物館開館5周年記念(2012) 『特別展 清盛と日宋貿易』図録より
博多遺跡群出土品の数々

 IV .おわりに

宗像大宮司家と綱首、津屋崎唐房・在自西ノ後遺跡

 宗像大宮司家は、綱首の王氏や張氏の女性と婚姻関係を結んだ。宗像地方の津屋崎には、唐房があったことが、遺跡や地名から推測される。宗像大宮司家を支えた綱首には、博多以外にも津屋崎も含まれるのではないだろうか。

宗像大社辺津宮周辺地図

 ※遺跡は津屋崎小学校の敷地内にあります。見学は小学校へ事前に申し込みをしてから行く事。


海の道むなかた館のホームページが新しくなりました。
海の道むなかた館ホームページはこちら

 

【問い合わせ・申込先】 〒811−3504 宗像市深田588番地 (宗像大社ヨコ)
   
  海の道むなかた館(郷土文化学習交流館) TEL0940-62-2600
  ホームページ http://searoad.city.munakata.lg.jp

 




Copyright(c)Munakata Digital Musium All rights reserved.無断転載禁止
むなかた電子博物館は宗像市が運営・企画しています。


サイト内検索

history 歴史
culture 文化
nature 自然

仙人の七つ道具
  仙人のふしぎ地図

ご意見ボックス

宗像市の野鳥たちむなかたヒストリー探検隊探検!発見!むなかた宗像のわらべ歌むなかたギャラリー 今&昔
このサイトはFlashプラグインが必要です。こちらからダウンロードしてご覧ください。