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  11/10/07   時間旅行ムナカタ 第3回 「海人文化を掘り起こせ!-釣針編-」

時間旅行ムナカタ

時間旅行ムナカタ 第3回

海人文化を掘り起こせ!
-釣針編-


2011年06月15日

海人の必須アイテム

 「うみんぐ大島」がオープンし、大勢の家族連れでにぎわっています。安全で手軽に海釣りが楽しめ、釣り道具の貸し出しも人気です。

 さて、釣りに欠かせない道具を「釣りの六物(りくもつ)」と言い、(1)さお(2)糸(3)ウキ(4)オモリ(5)針(6)餌が必要とされていますが、糸と針以外は必ずしも必要ではありません。

 とりわけ、釣針は大切にされ、日本神話「海幸彦・山幸彦」の挿話でも、兄の海幸彦の釣針をなくした弟の山幸彦が、自分の剣を溶かして新しい釣針を1000本作って兄に差し出しても、兄が許そうとしなかったことが思い起こされます。

 そこで今回は、海人族の漁具の一つ、釣針の歴史を探っていきます。釣針は縄文時代から使われ、鹿角製など動物の骨や角で作られたものが各地で見つかっています。宗像地域では、古墳時代の鉄製釣針が海沿いの遺跡を中心に出土しています。

里の民と釣針の謎

 市内陸部の農村地帯である南郷地区の大穂町で、約1400年前の古墳時代後期に作られた円墳・大穂町原(おおぶまちはる)遺跡2号墳から鉄製の釣針大小2点が見つかりました。大きい釣針は軸の太さ0・5センチ、長さ4・5センチ以上であることから、海の魚をターゲットにしていると考えられます。

大穂町原遺跡で出土した鉄製の釣針
大穂町原遺跡で出土した鉄製の釣針

 しかし、なぜ海から離れた山里の古墳から海人の道具が出土したのでしょうか。
何を釣った?

 まずは、大穂町原遺跡出土の大型釣針を市内の釣具店に持ち込み、何が釣れるのか尋ねてみました。すると、高級魚「アラ」を釣る針にそっくりで、ヒラマサやマグロなども対象になるということでした。

 古墳時代の貝塚・神湊の浜宮貝塚から出土した魚の骨は、サメやマダイをはじめ、フグ、クロダイ、スズキ、カツオ、エイなど豊富な魚種が見られ、近くの新波止(しんはと)貝塚でもタイ類の他、マグロの骨も出土し、アラなど外洋性の大型魚を狙える技術を持っていたことが分かります。

 古代人は、貧しい暮らしをしていたようなイメージがありますが、稲作が伝わってからは飛躍的に安定した生活を手に入れ、現代人顔負けの美食をする機会もあったと思われます。

海の民と里の民の交流

 釣針の出土した大穂町は、最も近い福間浦海岸からでも直線距離で約7キロ、神湊からは約10キロ離れています。このことから、海の民と里の民の交流を読み解くことができないでしょうか。

 その手がかりは、神湊の浜宮貝塚にありそうです。この遺跡は長さ200メートル、幅160メートル、深さ3メートルの規模を誇る玄界灘沿岸部で最大の古墳時代貝塚です。この巨大な「ごみ捨て場」は、付近の集落で消費されたものを捨てた程度ではなく、交換物資として海産物加工を専業とする海人集団が活動していたと考えることができます。

 とすれば、生産物の広域的な流通ネットワークが既に存在し、その結果として、例えば神湊の海産物と大穂町の米などが交換されるなど、海の民と里の民の間に太い流通ルートが成立していたと見ることもできます。

 里の民の古墳に海で使う巨大な釣針が残された背景には、海から山までがコンパクトに収まった宗像地域ならではの社会的な強いきずながあるのではと考えています。

(文化財職員・白木英敏)




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