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  08/05/27   織幡宮の春祭りレポート【後編】

織幡宮の春祭りレポート【後編】

 

 参道から石段を数段登ると沈鐘公園があり、左手に大岩と沈鐘伝説を書いた碑文が置かれ、右手にアワビ漁の姿で手にアワビを持つ海女の立像がある。彼女の視線の先はアワビ漁の海、玄界灘である。

080416筑前鐘崎海女の像

【鐘崎海女の石像(かねざきあまのせきぞう)】

 平成7年4月16日、春祭りの日に除幕式が行われた。還暦を迎えた人達が中心となり寄付を集めて建立した。碑文には鐘崎海女の技法が遠く能登や壱岐、対馬まで広がった由来がきざんである。16世紀頃がもっとも盛んで枝村ができた。海を渡って大活躍した海女は鐘崎の誇りである。

    「鐘崎海女」   鐘崎漁業協同組合           

         平成10年11月発行より抜粋

【沈鐘伝説(ちんしょうでんせつ)とは】

 昔の人は海の向こうの国から来た釣鐘が沈んでいると語り継ぎ、信じてきた。

 宗像興氏や黒田長政などが引き上げようとしたが失敗に終わる。ところが大正8年に個人が大金を投じて引き上げに成功した。しかしそれは釣鐘ではなく巨大な石であった。沈鐘伝説は諸国に例があるが鐘崎は有名である。

  沈鐘伝説(ちんしょうでんせつ)については、こちらにも詳しい解説があります。

080416舞殿跡

【舞殿跡(まいでんあと)】

境内にはその昔に、舞殿があったという表示がある。

【沓塚(くつづか)】 

 織幡宮の草創期、履中天皇の時代に武内宿称(たけうちすくね)はこの岬にお出でになり昇天されたあとに沓が残され、それを葬ったのが沓塚といわれる。

080416沓塚

 境内の植物

080416小賀玉の木

【小賀玉の木(おがたまのき)】

 現在は天岩戸神社と当社境内に残る貴重な木です。太古より玉串にはこの木を用いていましたが今は榊を用いています(立て札の説明書き)。

【クス】
080416クス 

【イヌマキ】
080416イヌマキ

【イチョウ】
080416イチョウ

【リュウキュウエノキ】
080416リュウキュウエノキ

【タチツボスミレ】

080416タチツボスミレ

 この取材については、西町区区長七田さんにお忙しいところをお伺いしておじゃましたにもかかわらず、快く教えて頂き、また貴重な資料となる「玄海町誌話伝説」まで頂きありがとうございました。

                              参考文献

 「鐘崎海女」            鐘崎漁業組合         平成10年   

   「玄海町誌」            玄海町              昭和54年

   「宗像市史」通史編第二巻  宗像市              平成11年

    「宗像神社史」上巻       宗像神社復興期成会    昭和36年

  「宗像の歴史と文化財」    宗像市教育委員会      昭和63年

 

織幡宮の春祭りレポート・終わり 




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