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  08/03/14   光岡大野地遺跡発掘調査レポート・後編

光岡大野地遺跡発掘調査レポート【後編】

 宗像市の文化財担当職員(市民活動推進課)による、遺跡発掘調査レポートの後編です。

080312光岡大野地遺跡住居跡
(光岡大野地遺跡の住居跡)

 

 古墳時代によく作られた、平面が四角形の竪穴住居(たてあなじゅうきょ)は、ふつう一辺4メートルほどです。

 しかし、光岡大野地遺跡(みつおかおおのちいせき)の住居は、一辺が7メートルから8メートル、タタミ約30畳(じょう)分で、かなり大きいものです。

 一般的な住居の約4倍もの大きさがあるのは、一体なぜでしょうか。

080312一般的な竪穴住居内部のイメージ図
(一般的な竪穴住居内部のイメージ図)

 

 住居の建っていた台地から平野を望(のぞ)むと、宗像最大級の豊かな水田地帯が広がります。住居は、これらの水田を見守っていたかのようです。

 そうすると、一般人の住居というよりは、集落の米作りを取りしきる長(おさ)のような有力者の住居だったと考えられそうです。

 古代宗像の住民は海人集団だと思われがちですが、実際には、内陸の平野部で行なわれる米作りが順調で食料不安がなかったからこそ、海人たちは安心して玄界灘を舞台に活躍できたといえるのではないでしょうか。

 米作りは、古代社会の生活の重要な基盤(きばん)であり、漁業だけでの生活は成り立たなかったようです。

 食料の安定供給は、現代を生きる私たちにとっても重要な問題となっていますね。(白)

080312光岡大野地遺跡から四塚を望む
(光岡大野地遺跡から四塚を望む風景)

080312光岡大野地遺跡発掘調査の様子
(発掘調査の様子。黒っぽく見える四角い部分を発掘すると、住居跡が現れました。


【光岡大野地遺跡発掘調査レポート・終】




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