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  08/03/03   光岡大野地遺跡発掘調査レポート・前編

 光岡大野地遺跡発掘調査レポート【前編】

 宗像市の文化財担当職員(市民活動推進課)による、遺跡発掘調査レポートをご紹介します。

 

 平成19年、光岡の紫雲台団地北側の台地上に、携帯電話の電波塔建設が予定されました。

 建設予定地から遺跡が発見されたため、宗像市教育委員会では、平成19年10月から11月にかけて、光岡大野地遺跡(みつおかおおのちいせき)の発掘調査を行いました。

 

 

 調査面積はわずか115平方メートルほどでしたが、古墳時代初めごろ・約1700年前に営まれた竪穴住居(たてあなじゅうきょ)の跡(あと)が発見されました。

 50センチほどの深さまで地面を四角に掘り下げ、4本の柱を立てて屋根を支えるという、半地下式の構造です。

 

 

 住居部分の真ん中には炉(ろ)の跡がありました。

光岡大野地遺跡調査区の全景
(調査区の全景。今は鉄塔が建っています)

一般的な竪穴住居のイメージ図
(一般的な竪穴住居のイメージ図)

光岡大野地遺跡炉跡
(炉跡。赤く焼けています)

光岡大野地遺跡遺物の出土状態
(住居跡からの土器などの出土状態)

 
 出土遺物には次のようなものがありました。

・土師器(はじき)のカメ、ツボ
・高坏(たかつき、食物を盛りつけるための台付きの食器)
・器台(きだい、カメなどをのせる台)
・ミニチュア土器(お祭りに使われるもの)
・鉄斧(てっぷ、てつおの)
・石鏃(せきぞく、石のやじり)
・青みをおびた石製の管玉(くだたま)

 遺物の大半は、そこに住んでいた人たちが何らかの理由で引越ししたとき、まとめて捨てられたものだと考えれます。

 ただし、玉類やミニチュア土器などは祭祀(さいし)との関連が強いので、風雨や獣(けもの)などの外敵から自分たちを守ってくれた住居に感謝の気持ちを込めて、住居を去るときに、お祭りを行うとともにお供えとして残していったもの、と考えてもよいかもしれません。

 現代でも、家が揺(ゆ)れるような風雨の強い日は心細く思うこともあるぐらいですから、古代の人々はなおのこと、家に頼む気持ちが大きかったのでしょう。 (白)

土師器とは、たき火程度の低い熱(600〜700度)で焼かれた古墳時代の土器のことです。

光岡大野地遺跡玉類
(光岡大野地遺跡から出土した玉類)


光岡大野地遺跡発掘調査レポート・後編 に続きます。

 




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