City MUNAKATA Digital Archives
          
    サイトマップ  お問い合わせ
 
トップページ 自然
     
  07/11/09   むなかたの島めぐり 大島・その2

 平松委員の大島めぐり(平成19年8月7日)、第2弾です。

 
 市営牧場を通って「筑前大島(ちくぜんおおしま)灯台」へ。
 地元では「かんざきの灯台」と呼ばれている。大正15年に設けられ、船の安全を見守ってきた。

 

 

 

 

 

 

 真下に海。玄界灘から吹きつける潮風によって、木々の丈は低く、陸に向かって筋(すじ)を引いたように伸びている。

 

 

 

 島の北側に数ヵ所の砲台跡(ほうだいあと)が残っている。その先には風車展望台がある。

筑前大島灯台
灯台からの風景
風車


 大島資料館へ。

  「世界遺産ジュニア講座」が開かれていて、参加させていただいた。クイズなどもあり、みんなで世界遺産について学んだ。
 その後、沖津宮遥拝所(おきつみやようはいじょ)、安昌院(あんしょういん)、中津宮(なかつみや)へ歩いて行くという行程である。

 全員で沖津宮遥拝所へ。沖ノ島は島全体がご神体とされ、今でも女人禁制で一般人の渡島は許されていない。そのため、大島から沖ノ島を拝む場所として、遥拝所が設けられている。

 残念。厚い雲にさえぎられ、沖ノ島は見えなかった。

 

 

 

(世界遺産登録に向けた宗像市の取り組みについては、宗像市公式ウェブサイトをご覧ください。)

世界遺産ジュニア講座の様子
沖津宮遥拝所
宗像市秘書課発行リーフレット「オガチと学ぼう宗像・沖ノ島と関連遺産群」
(宗像市秘書課発行「オガチと学ぼう
 宗像・沖ノ島と関連遺産群」より転載)

 
 安倍宗任(あべのむねとう)の墓にお参りして、安昌院(あんしょういん)へ。安昌院は宗任が開基(かいき)したお寺である。

 宗任は奥州(おうしゅう)にいたが、平安時代の「前九年(ぜんくねん)の役(えき)」で敗れ、大島に流された。大島は、現在でも岩手県との交流があるという。

 高台にあるので、境内(けいだい)からの見晴らしは大変良い。

 大島は漁業の町である。朝には170隻(せき)もの船が漁港に出入りするという。
 会合などは漁のない日に行われる。それは旧暦(きゅうれき)の14、15、16日の満月の夜である。島の生活は潮の満干(まんかん)と関わり、月が満月近くになると「そろそろ会議やねー」。

 
 中津宮は、宗像大社の三女神のうち端津姫神(たぎつひめのかみ)を祀(まつ)っていて、本殿(ほんでん)は県指定文化財になっている。
 鳥居には七夕飾りがされて、潮風に揺れていた。

 天の川を挟んで織女(しょくじょ)、牽牛(けんぎゅう)が祀られている。今夜「七夕まつり」が行われる。

 昔は、ぼんぼりに火を灯して天の川に流したという。「星まつり」とも呼ぶとのこと。

 短冊(たんざく)に願い事を書いて、笹(ささ)に結んだ。老人会の方が作られた古い形の短冊は、顔の部分の裏に糊(のり)でこよりをつけて、笹に結んだ。

 昭和7年、このまつりに訪れた杉田久女(すぎたひさじょ)は、

  「星の衣(きぬ)
     吊(つる)すもあはれ
              島の娘(こ)ら」

という俳句を残している。「星の衣」とは、七夕の五色の紙で衣の形に作った短冊のことである。

 

 夕暮れの公園では涼しい海風を感じながら、中国の楽器による演奏などが行われた。

 夜になって、暗がりの中に竹灯(ちくとう)のろうそくの明かりが並ぶ。

 8時からは天の川のほとりに設けられた祭壇(さいだん)で神事が行われ、続いて七夕おどりが輪になっておどられた。

中津宮鳥居
短冊
七夕まつりステージ
七夕まつり神事

リラクゼーションアイランド「大島」へ。 光を感じに行ってみませんか?

【参考文献】
大島村史(大島村教育委員会 昭和60年3月発行)
花ごよみ(大島村 平成14年3月発行)




Copyright(c)Munakata Digital Musium All rights reserved.無断転載禁止
むなかた電子博物館は宗像市が運営・企画しています。


サイト内検索

history 歴史
culture 文化
nature 自然

仙人の七つ道具
  仙人のふしぎ地図

ご意見ボックス

宗像市の野鳥たちむなかたヒストリー探検隊探検!発見!むなかた宗像のわらべ歌むなかたギャラリー 今&昔
このサイトはFlashプラグインが必要です。こちらからダウンロードしてご覧ください。