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  06/03/13   宗像大社 秋季大祭 「みあれ祭」に参加してきました!その1

「むなかた電子博物館」 -むなかたヒストリー探検隊- 沖ノ島特集 
 第3回 企画運営委員会フィールドワーク企画 
 宗像大社 秋季大祭 「みあれ祭」に参加してきました!その1
 平成17年10月1日(土) むなかた電子博物館の企画運営委員会メンバーである平松委員が、宗像大社 秋季大祭「みあれ祭」に参加して参りました。掲載時期が少々ずれてしまいましたが、ご報告いたします。

10月1日(土) 晴れ 天気予報では10月だというのに気温31度・・・。

 「みあれ祭」を海上から体験しようとうきうきした気分で出発。帽子、カメラ、双眼鏡、筆記用具を持参。自動車を運転して30分で「神湊入口」にさしかかると、道路脇にパトカーが止まり路上を人が掃いている。事故があったようだが、ケガ人は見あたらない。今日は交通安全の神様のお祭りで重大事故にならないようにお守りくださったのか。三人の女神様に感謝。

 渡船場に着き、予約しておいた「ヴォイジャー」の乗船券を四千円払って受け取る。すでにもう1隻の観光船である帆船「さよ姫」は出発していたが、強い太陽の日差しの中で岸壁は人々でにぎわっていた。

 「ヴォイジャー」は上部が銀色のドーム形で、その下に二艘の船をつけたような形をしていて赤いラインが一周している。以前は新日鐵が所有し、洞海湾を案内する観光船として使われていたという。現在は西日本海運の所有で、定員は120名。

 乗船が始まり、係員から「みあれ祭」のパンフレットをもらう。みな我先によく見える場所を目指して急ぐ。あっという間に船の周辺のデッキは座った人で埋め尽くされた。船室はやわらかな布張りで、薄暗いラウンジの丸天井には夜空の星を思わせるかのように緑、橙、黄色の豆電球がピカピカ光っている。

 船尾近くのデッキに出て座った。そのまま身動きできない。どの顔にも汗が流れている。わずかに海面から感じられる風が潮のにおいとともに暑さをやわらげてくれる。


色とりどりの旗やのぼりで飾られた大船団の海上神幸「みあれ祭」


銀色ドーム型の観光船”ボイジャー号”

■9時10分、汽笛を鳴らして出航!

 大島を目指す。動き出すと風が気持ちよい。鐘崎、地島、大島が青空の下、海原の先に見える。赤い灯台をすぎると船が少し揺れだし、私の居場所は陰になり涼しくなった。

 海と空の境界線は、ほんのりと白くかすんだ帯のよう。海の濃い緑色と、島の切り立った断崖、緑の島がさざ波の上に浮かぶ。海面は静かだ。白い船が五隻見えてきた。小さな船は猛スピードで進んでいる。鮮やかな黄緑色の貨物船もいる。

 船内からアナウンスが聞こえてきた。沖津宮、中津宮、辺津宮に祭られている宗像三女神についての伝承や現在の宗像大社の歴史、みあれ祭について説明があった。

 宗像大社とは、それぞれ沖ノ島の沖津宮(三姉妹の長女・田心姫:たごりひめ)、大島の中津宮(次女・湍津姫:たぎつひめ)、田島の辺津宮(三女・市杵嶋姫:いちきしまひめ)の三人の姫神が祭られていてこの三宮の総称を宗像大社という。すでに古事記、日本書紀にはこの記述がある。
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みあれ祭(長手神事)の再興    
− 宗像神社史下巻より−
この神事は、中世に行われた長手神事を再興したものである。「長手」とは「長妙」で長い布を竹の旗竿に附したものをいう。始まりは春、夏、秋、冬4回行われた。江戸時代には夏4月と冬10月(後には11月)に変更された。昭和37年に再興後は秋1回とし、10月2日の秋季大祭(古儀の放生会)の前儀として行われた。

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 大島港に近づくと、「ヴォイジャー」は海上に停泊し、御座船やお供の漁船の出航を待つ。「さよ姫」もすでに到着していた。上空にはヘリコプターが3機轟音をたてて旋回している。舳先に日の丸と大漁旗を立てた漁船が2隻私たちを出迎えるように近づいてきた。舳先に座った子供たちが大声で「こんにちわ」と挨拶をしてくれた。かわいい宗像海人の子孫である。


海面は静か、遠くの境界線は白くかすんで見えます。

 


大島港へと近づくと、お供の漁船が出港を待っています。

■神湊めざしていざ出発

 大島には「大王の棺・実験航海」の「海王」が寄港したときボランティアで来たことがあり、漁師さんともお話しした。その方達の船もいるはずである。
漁師達の動きがあわただしくなった。さあ神湊めざして出発だ。集まった漁船の間隔が広がり、日の丸と大漁旗をなびかせた漁船が白い波の尾をひいて幅広い帯となり神湊を目指して走る。操舵手は確かな腕で列を組み進んでいく。ヘリコプターは低空を飛び、海上のラッシュを見おろしている。漁船達の波を受け「ヴォイジャー」は揺れだした。「ヴォイジャー」は船団の後方の真ん中を進む。はるか前方の御座船は見えない。

 9月に入ると、沖津宮の神様を中津宮にお迎えして神事を行い、御二人を中津宮にお奉りする。みあれ祭当日二人の神様は、御輿に乗って御座船に移り、先導船と宗像七浦(地島、鐘崎、神湊、勝浦、津屋崎、大島、福間)の大漁船団をお供に年に1度の三姉妹の会合の場である神湊を目指して勇壮な海上パレードが行われる。これが海上神幸「みあれ祭」だ。

[みあれ祭の動画]
動画でご覧いただけます。>>リンク


間近で見るとさらに迫力あります。


勇壮な海上パレード”みあれ祭”

■3人の女神は洋上で集う

 御座船が大島を出発すると同時に、地元の辺津宮の神様もお出迎えのため神湊を出発し、洋上で3人の女神様はそろって神湊へ進まれる。暑い夏のような日が差し、海面を銀色にひからせている。しかし、洋上の空気はさわやかだ。時々たくさんの漁船が出す黒い重油の煙とにおいがする。
神湊へ近づくとパンパンと花火が上がり、漁船は右へ左へ舵を切り、猛スピードで波しぶきをあげて帰って行く。私たちの船は、その波を受け左右に大きく揺れた。後でわかったことだが、3人の神様が一緒になられたところで漁船達はその役目を終え、3隻の御座船の周囲をまわりお別れをして母港へ帰っていったのだ。


3隻の御座船は漁船と洋上で別れます。

    つづく・・・ その2へ>>




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