City MUNAKATA Digital Archives
          
    サイトマップ  お問い合わせ
 
トップページ歴史>ナゼ?ナニ?地名講座
     
  トップページculture 文化nature 自然調べる
     
 
history 歴史
     
津屋崎(つやざき) 地形による地名

位置図
津屋崎位置図
地名の由来
◇津屋崎(つやざき)

津屋崎(ツヤザキ)の語源は、『市町村名語源辞典』によると、ツエ(崩壊地形を表す語)・サキ(崎)が転じたもので、断崖の岬のことか、渡半島の地形とよく合うとしている。また、あるいは津屋は、文字通り港の施設のことかもしれないと述べている。

『津屋崎風土記』(田中香苗著)では次のように語源三説を紹介しているが、伝説の域をでない。

一つは、同町の産土神、波折神社の縁起によれば、神功皇后が三韓征伐から凱旋されたとき祭神の瀬織津姫大神と志賀大神が鼓島に現れ給うたので、皇后は河原ヶ崎に祠を建てて祭りを行われた。祭祀を終わり皇后が御杖を砂丘にさし、腰をおろしてお休みになった。それで、この地を「杖さし」といい、それが津恵崎となり、後世、津屋崎と称するようになった。

二つは、いつの頃か、河原ヶ崎に木彫りの仏像が漂着したのを浦人が拾い上げ、祠を建て通夜をしてお祭りをしたことから、この地を「通夜崎」といったものが、後に津屋崎と書くようになった。

三つは、いつの世のことか、漁夫三人が沖で釣りをしていたところ嵐にあい、一心に祈ったところ瀬織津姫大神、住吉大神、志賀大神の三神が現れ、大波を鎮め、さらに飲食物をあたえてくれたので、漁夫三人はかろうじて海岸に帰りついた。ふと見ると、船上に三つの石があったのでこの霊石を祀り、波折神と称した。神徳あらたかと遠近の人々が昼夜を分かたず御堂に籠もって祈った。これよりこの地名を「通夜崎」と呼び、後に津屋崎となった。

出典:『福岡県地名考』
 
メニュー画面に戻る


Copyright(c)Munakata City All rights reserved.無断転載禁止 このホームページは宗像市が運営・企画しています


サイト内検索

history 歴史
むなかた今昔
ナゼ?ナニ?地名講座
くらしと共にあった道具
むなかた人物伝
年表

仙人の七つ道具
  仙人のふしぎ地図

ご意見ボックス

むなかたヒストリー探検隊探検!発見!むなかた宗像のわらべ歌むなかたギャラリー 今&昔
このサイトはFlashプラグインが必要です。こちらからダウンロードしてご覧ください。