関取・許斐嶽宅次郎は、天保4(1844)年に王丸の中村家に生まれました。許斐山からしこ名を取り、関脇にまで昇進。その後、引退して郷里に帰り、宮相撲力士の育成に尽力しました。晩年は書道に専念する一方、鯉や鮒の養殖にも手をつけました。