江戸時代、筑前国には黒田藩が定めた二十七の宿場がありました。畦町もその一つで、寛永19(1642)年、赤間(宗像市)と青柳(古賀市)の間が約四里(約16km)と離れすぎているため、新たにつくられました。時代の流れとともに、町並みもずいぶんと変わりましたが、いまも往時の面影を伝える建物を見ることができます。